「おにいちゃん、」
「あれ、どうしたの」
傘をお持ちしました。
「雨、降ったでしょ」
「うん」
舗装されていない田舎道は、濡れそぼり、ぬかるんでいる。
雨が降ったのだ。
おにいちゃんが学校で机に向かって勉強している時に。
通り雨だったらしく、朝は快晴だったし、今も太陽が顔を出している。
この地域には珍しくないことだった。
「だから、持ってきたんだけど、待ってるうちに行っちゃった」
彼の手には、俺の緑の傘と、彼のピンクの傘があった(正確には、彼の妹の傘だ)。
「そっか。…いつから待ってた?」
「ついさっき」
嘘だ。
だって雨は、午前中のうちにあがってしまっていたから。
「中まで来てくれたら給食やったのに」
「…来たのは、ついさっきだよ」
「そっか」
おにいちゃんは彼の手を引いて歩き出した。上機嫌だ。
彼の方は俯いて手の引かれるままに歩いている。二本の傘は、空いている左手でまとめて持っている。
ぬかるんだ道は歩き辛い。白いズボンに泥が跳ねないようにと少し気を張って彼は歩くが、おにいちゃんは気にせずズンズン歩いてく。おにいちゃんのスニーカーはもとから泥だらけだ。
「嘘だろ」
「え?」
「傘持ってきたっての」
「ちゃんと持ってるじゃないか」
おにいちゃんが立ち止まり、わざわざ彼の方を向いて言った。
「俺に会いたくて来たんだろ」
「!」
彼はお寝しょがおおかあさまに見つかったみたいにばつの悪い顔をし、おにいちゃんはそれはそれは楽しそうに笑った。
「帰ったら、風呂に入ろう。足が泥まみれだ」
「それは、君が…」
「いいから、一緒に。な、」
「うん…」
傘持ってやるよ、これは僕が君に持って来たものだから…いいよそんなの、
おにいちゃんと彼はぬかるんだ田舎道を歩いている。
「彼」は「おにいちゃん」家の居候で学校に行ってない。
「おにいちゃん」と「彼」は同い年だけど立場上呼び捨てでなんか言えないのにさん付けとかすると本人が怒るからこの呼び方。イントネーションは お に付く。
「おにいちゃん」は将来「彼」をお嫁さんにするつもり。
「彼」は「おにいちゃん」のことが好きだけど何もしてやれないと思ってる。