『手』が見えたぼくには、その人を見過ごすことが出来なかった。
街でたまたますれ違っただけのその人は、今までぼくが見てきた誰よりも手に覆われていた。
それは、彼を縛るように、彼にすがるように、そして守るように、数え切れない手を彼は引き連れていた。
いつもなら、関わらない。わざわざすれ違った人に、通告なんかしない。おかしい人だと思われちゃうし、いちいちしてたらきりがない。
人間は、死ぬものだ。若かろうが、何だろうが、それがたまたま今だっただけ。さっきまで隣にいた人が今死んだって不思議じゃない。そう思ってきた。だけど、彼はあまりにも―。
思わず、そう思わず。肩を掴んで引き止めてしまったんだ。
「ちょ、ちょっと待って下さい、あなた…」
「いいんです」
「いいんです」
「でも…」
「繰り返さなきゃいけないんです」
「え…」
そう言って、俯き加減の彼は去っていった。たくさんの手とともに。
その場に残ったのは、彼を引き止めたポーズのままで静止した自分だけ。
彼には全て、そう全てがわかっているのかもしれない。
手のことも、その手が何をしようとしているのかも。
けれどもその手は、いつも僕が見る手とはどこか違うようだった。
さっきも言った通り、手たちは縛るようでいてすがるように、守るように、まるでとても愛おしい存在を優しく包み込むように、彼を掴んでいた。