ある日わたしの住むまちに、ひとりのたびびとが訪れました。

たびびとはボロボロになった衣服を身に纏い、髪の毛は絡まらんばかりにぼさぼさでした。

わたしは真っ先にシャワーを勧めました。実のところ、その汚いからだで我が家に踏み入って欲しくなかったからです。

しばらくしたら、旅人が濡れた髪のままシャワールームから出てきました。
わたしは持っていたタオルで髪を拭いてあげます。 その時、雑巾のような衣服の下には、とても美しい肌が隠れている事に気付きました。


旅人が髪を拭いている間に、わたしは食卓にスープを置きます。
どろどろのくず野菜しか入っていないひもじいスープです。

それでも旅人は「美味しい、美味しい」と残さず飲んでくれたのでした。



ベッドはひとつしかないので、恥かしいけど寄り添って眠りにつきました。
ベッドは相変わらず埃っぽくて小汚ないけど、旅人さんは「久し振りのふかふかのベッドだよ」と喜んでくれて嬉しくなりました。


旅人さんと一緒に寝た次の朝、わたしは懐かしい夢を見た気がしました。
そしてとてつもなく、旅人さんが愛しくなったのです。


「どうしても行くの?」とわたしがきくと、「ぼくも去りたくはないのさ」と返ってきました。

そして、すぐに旅人さんは次の町へと旅立って行くのでした。



旅人さんが去ってから、あぁ、あのたびびとはわたし自身だったのだと気付きました。
わたしはわたしのこころに置いて行かれたのです。


わたしは今でもこのまちに住んでいます。
なにも感じなくなった空っぽのこころと一緒に。