俺は絵描きだ。それも、天才。自分で言うのもなんだが、確かに俺は絵の才能がある。
ただし。

「またきみにね、絵を描いて欲しいんだ」
「…フェイクですね」
「うん、そう。ここじゃ駄目だね、とりあえず」

この男は俺の馴染み客。どこだかの組織の幹部で、いつも良くしてもらっている。
そいつは軽く周りを見渡し、そしてすぐ後ろの店を指差した。

「そこのレストランにでも入ろうか」


「それで、どんな絵なんです?」
「これなんだけどね」

男は四つ折りにされた一枚のコピー用紙を懐から取り出し、テーブルに広げてみせた。

「裸婦画…ですか」
「そう。最近急激に評価が上がった画家なんだけど…廃れる前に乗ろうと思って」


この男の審美眼は確かだ。きっと、そのうち美術雑誌でこの作家の特集記事が組まれ、どこかの美術館で個展が開かれるのだろう。
納得ができるほど、この裸婦は美しく、艶やかに描かれていた。

本当にこの男は、掘り起こすのが上手い。この画家も、歴史に埋もれていたのだろう。
そして、小さな画廊に少しの絵を売るだけだった若僧の才能を、見つけ出したのも。

「それで、いくら出します?」
「ん、きみの言い値でいいよ」


ふん、いくら当時の画材を手に入れるのが手間だからって、俺がいつも吹っかけるような金額が掛かるわけないだろう。それでなくても俺には独自の入手ルートがあるんだ。ばかなやつめ。

「では、いつもどおり―」
「ところでの話だけど」

「きみは本当に自分が、売れるだけの贋作を作れていると思っているのかい?」
「な、っ…馬鹿にしてるのか!」
「違うよ。贋作を作るには、きみは表現が豊か過ぎる」

男はグラスを手に取り、血のような赤ワインを一口含んだ。

「無意識に、自分の解釈を描き入れているのさ」

僕はそれを見るのが好きでね、きみの絵、実は全て僕の家にあるんだ。
それだけで十分でもあったんだけど、そろそろきみ自身が欲しいな。
男は笑う。冗談じゃない!

「それより仕事、受けて貰えるだろう?」

俺は贋作師だ!贋作師が、俺が、勝手な解釈を描き足しているだと?そんなことあるものか!
100通りも罵倒の言葉を考えたがパニックに陥った俺の口からは一言も出てこなかった。


すると、俺が黙っているのをいいことに、男がいけしゃあしゃあと軽口(と俺には聞こえる)を続けた。

「今回頼んだ絵はね、稀代の恋に狂った画家が、あの子をめちゃくちゃにしたい!あの子のためなら死んでもいい!って想いで描いたんだ」
「めちゃっ…」
「きみは、どう描くのかな?」

そう言って、男は甘く笑った。俺が女なら、頬を赤らめているかもしれない。でも俺は男なのだ。男なのだから、笑った男が格好いいなんて少しも思っていない。これっぽっちもな!





贋作師の彼は突然の告白に焦って平常心を失ってます
告白されて意識して『もしかして俺も…!』ってわけでなく、精神喪失状態でみた男がどこか特別なものに見えてしまったんです
男はなかなかの強運の持ち主ですね