姉さんが、いた。
いや今もちゃんといるんだけど。

姉さんとは本当の姉妹ではなくて、何年か前に、身寄りの無いぼくを引き取ってくれた。
姉さんは言った。お前くらいの弟がいたんだ、と。

ぼくはそれの代わり。
ずっとずっと昔に行方不明になったそれの。死んだかもしれない、いや、死んだそれの。

姉さんはぼくに優しかった。
それはぼくを通り抜けて、生死もわからない弟に向けられたものだったけど。
それでもぼくは、あたたかい姉さんの手が好きだった。
大好きだった。

それは限り無く恋に近かった。

世界は優しくないと、僕は知っている。
その優しくない世界で、唯一優しかったのは姉さんだけだった。



だけども。

先日、弟が見付かった。
誰のって、もちろん姉さんの。

戦争で離れ離れになって、死んだと思われていた弟は生きていて、さらにお金持ちの優しい老夫婦に引き取られていて、ずっと姉さんを探していたらしい。


勝ち目、ないじゃないか。

それは本当の弟だ。
姉さんがぼくに夢見てたくらい、愛しい弟。
ほんものが見付かれば、にせものに価値なんかないよ。
姉さんの口から「お前はもういらないんだ」と聞きたくなくて、何も言わずに家を出た。




あてもなくフラフラ彷徨っていたぼくは、家出2日めにして呆気なく捕まる。

それも、姉さんの弟に。


「あなた、お姉様の妹でしょう?」
「…うん」
「今までお姉様をありがとうございました」
「うん…」
「どうして家出なんかしたんですか?」
「…っ」

ぽろぽろと涙が零れてきた。姉さんと暮らすようになってからは、一度も零さなかった涙。

「あら、どうしました?!怪我でも…お姉様には連絡しましたから、もうすぐ迎えに」
「…ねぇ、さんがっ」
「お姉様が?まさか、私が見付かったからってちょっと素っ気無くなったとか…」

首を左右に振った。
弟が見付かっても、姉さんはぼくに優しかった。けど。

「そんなことっ…」
「じゃあ、どうしたの?」
「っ、本当の、弟が見付かったら、にせもののぼくは、いつか捨てられる…」

口に出したら、涙がますます止まらなくなって、もうぽろぽろなんてレベルじゃなかった。

「私のお姉様は、きっとそんなことしないよ」
「でもっ、でも…っ」

わかってるけど。姉さんは優しいから、最後までぼくの面倒を見てくれる。だけど。それでも。

ベンチに座って、膝の上に行儀良く置いた両手を強く握る。爪が食い込んで痛い。
それでも流れる涙は止まらなくて。

「…じゃあこうしましょう」


ぼくの両手を、暖かいなにかが包んだ。それは姉さんの、弟の、手だった。それに、涙が落ちた。

「ごめんなさっ…」
「私とあなたが結婚したら、お姉様の本当の妹だ」
「え…?」

言ったことが理解出来なくて、真意が掴めなくて、思わず俯いてた顔を上げて姉さんの弟を見る。

すると、こともあろうにキスされた。

「!?」
「ふふ。宜しくね、およめさん」


驚きに涙も止まり、唖然としていると、姉さんが走って来た。
姉さんは、2日前と同じ服だった。

「何処行ってたんだ、バカっ」
「う…」
「お姉様、そんなに怒らないで。それより聞いて下さい」

肩をぐっと抱かれて、引き寄せられた。

「私たち、結婚することにしたんです」
「は…?」