孤独な塔にひとりの姫さまがいた。
「あなたは?」
「わたしは国から見放されたしがない錬金術師に御座います」
「そう」
「これから10日をかけて貴女の記憶を忘却させる薬を作ります」
「そう…」
才能があり過ぎるせいで国を追われた自分が賜った仕事はその国の姫さまを殺すことだった。
どの権力者も自分を脅かすだろう才能を持つ若い者を恐れるものだ。そしてその矛先を向けられたのはわたしと、この姫さまだった。
姫さまは聡明だ。
国王であった父が死に、王権がその弟に渡り殆どの権力を失っても彼女を厭い嫌う従者も国民もいなかった。ただひとり、新しい国王だけが彼女に恐怖を感じていた。
彼女は人のこころを掴むのが上手かった。
わたしは姫さまを殺すのが仕事だと言った。それは『姫さま』を殺すのであって、『彼女』という存在を殺すわけではない。
新しい王にとって、自分が持たない才能を持った姫さまは畏怖の対象だった。
だからこそ、『彼女』という存在は殺せなかった。
わたしが作るのは、生まれてからこれまでの記憶を忘却する薬。
『姫さま』という存在を殺す薬。
では、『姫さま』が死んだあと、わたしはどうしよう。
『彼女』はどうなるのだろう。
新しい王はわたしに「好きにして良い」と言った。『姫さま』でなければ、畏怖であれ親類であれ興味のある存在では無くなるのだろう。
わたしは『彼女』を、
姫さまはとても大人しかった。
一日中窓の外を見つめている。だけどわたしが話しかければ返事もしたし、笑いもした。
わたしは姫さま、いや、『彼女』が好きになっていた。
控えめなその笑みを、大輪の華にしてやりたかった。
10日目、姫さまは舌を噛んで死んでいた。
母と、妹と過ごした時間を忘れるくらいなら留めたまま死ぬ方が幸せと考えたのだろう。
「なんてことだ!」
わたしはなんてことをしたのだろう。
もし、記憶さえなければ、姫は、彼女は、穏やかに暮らし後には幸せを手に出来たかもしれないと思ったのに。
あまつさえは、その幸せの傍らに自分が居れれば良いなどと!
これ程までにこの小さな彼女は追い詰められていたというのに!