6時すぎ。
学校帰り、これでもかってくらい空いたバスの中。
私は後ろから二番目の二人掛けの座席(右)に一人で悠々と座っていた。
混雑時なら『これだから今の若者は』と言われそうな行動も、乗客が3人(それも前の席なので私の素行に気付かない)の広いバスで誰が咎めるだろう。
そして混雑時なら罪悪感で出来ない読書も、これだけ人口密度が低ければ学校と変わらないくらいの集中力を発揮する(私は酔わない体質だ)。
本は友達に借りた『チームバチスタの栄光(文庫)』。最近、読書にハマっている私をみて、面白いよと薦めてくれたものだ。
確かに面白い。
腰を座席の手前に突き出したいかにも“今の若者”らしい姿勢だが、それも誰も見ていない。私はそのまま読書に集中した。
私が降りるのは終点の3つ前、まだまだ先である。
高校生が好むようなゲームセンターの前のバス停で、その人は乗ってきて、一番後ろの5人掛け席(左)に座った。
ちゃらちゃらした服装の、恐らく女子高生。と、私と同じ制服を着た上級生(ネクタイの色で学年が分るのだ)。
上級生自体にちゃらちゃらした雰囲気はなかったものの、あんな子を連れているのだから同類だろう。現に今も、場面をわきまえない大きな声で(といってもバス内が静かだから丸聞こえなだけ)会話をしている。
私は正直、いや普通に恥かしかった。私の学校は、あまり評判が良くない。でもそれは、一部の生徒が目立ち過ぎているだけで大多数は違うのだ。自分で言うのもなんだが私のように真面目な人の方が多い、と思う。
それを、この上級生みたいなごく一部が塗り潰しているのだ。許せない。こういう人はあまり周りを省みない。だから傍若無人な態度を平気でとれるのだ。
それが凄く気に入らない。
普通の人はみんな、いつだって空気を読むのに精一杯だというのに。
急に、上級生の声が(さっきより)小さくなった。私は自分の行いが如何に恥かしいものが気付いたのかと思って、ちょっと勝ち誇った気分だった。
「ちょ、見て。あんなだらしない座り方してる子がうちのガッコの品位を下げているわけよ」
「品位とか!ウケる!」
「だってさー、姿勢とかって絶対その人が出ると思うのよ。だから面接とかで見られるわけだし」
「うわーアタマ良さげ発言!」
「ウチ実際良いもん?まぁ確実にあの子よかは」
「えー年下でしょ?」
「そゆんじゃなくて…精神的なトコで?」
「バカじゃないのー!」
あはは、と2人はこれまた大きな声で笑った。
私はさり気なく、後ろを覗いてみた。
2人は背垂れに背中を付けて、けれどよしかかってはいない、教科書のお手本のような美しい座り方をしていた。
言うまでもなく、私は今までの私が恥かしくなった。
私は阿呆だ。大阿呆だ。
上級生の後ろに人はいない。でも上級生はぴんと背中をまっすぐにして座っている。それは意識しているものでなく、彼女の日常―。
見た目こそチャラいものの、彼女たちは周りを見ていないのではなく見られても恥かしくない行動をとっているんだ。
「あ、姿勢正した」
「聞こえたんじゃなーい?」
「コレって悪口だったりする?ま、いいや」
「あははテキトー!」
「いや、気付くのとか大切だと思うし?」
でもやっぱりムカつく!
人は自分の愚かな行いを指摘されると、少なからず苛つくものだ。そういうものだ。
次の日、学校で。
私は彼女に会ってしまった。
300人以上いるこの学校で、なんという遭遇率。
そして、阿呆な私は思わず声に出してしまう。
「あ、」と。
「ん?昨日バスで『チームバチスタの栄光』読んでた子だ」
「え、あ、あの…」
「アレ面白いよねー!ウチ読み終えたその日に続き買っちゃった。『ナイチンゲールの沈黙』とか『ジェネラル・ルージュの凱旋』が『バチスタ』のシリーズなんだけど。知ってる?」
「えっ!あ、私、読み始めたばっかなんで…」
「そっかぁ。読みたくなったら貸してあげる。ウチ、3のBだから」
ガンガンと言いたいことだけ言って彼女は去っていった。廊下に、呆然とした私を残して。
ムカつく撤回。あの人、わけ分んない!