今日もまた、姫凜(と、綺羽の愛の巣である)のアパートにお呼ばれした。もちろん夕食トゥギャザーのお誘いだ。
そして、電話で言われた通りの時間に行ったにも関わらず、今日もまた姫凜は帰宅していなかった。
「いらっしゃい伊和ー」
「お邪魔しますー。その様子だと…」
「うん。姫凜、まだ帰ってきてないんだ」
キーロックを手で外し、ガチャと玄関のドアを開けてくれた綺羽は、片手にポテトチップス(バターしょうゆ味だ)を持っていた。
姫凜お気に入りの黒いパンプスも無い。
とりあえず靴を脱いできちんとあわせて隅っこに寄せる。姫凜がうるさいのだ。
「あ、食べる?」
「いや。いま食べたらきっと夕飯が入らなくなるよ」
「えー、ちっちゃい胃してるね」
「…綺羽はどうして姫凜を好きになったんですか?」
「可愛いから」
「へ、」
いや、たしかに姫凜は可愛いけど、兄的存在という贔屓目を差し引いてもかなり可愛いの部類に含まれるけど。
この人、ただの面食い?!
「あ、勘違いしないでね。確かに第一印象で可愛いな、ってのが切っ掛けだったんだけど」
「はぁ…」
「夜寝る前にすっごく気合い入れて歯磨きしても『あーカントリーマァムだー』って食卓にいっこ置かれたカントリーマァム食べちゃうかんじ」
それは比喩ですよね?でも姫凜の事だから本当にやっちゃったのかもしれない。
姫凜は頭も良いしちゃんと筋道を立てて物事に当たれる子だ。でも、どっか抜けてる。不器用なのか要領が悪いのか(どっちも示す意味は同じだよ!)、何故か『ここでそれ?!』という失敗をよく起こす。
「それは、ギャップに惹かれたとか」
「そんなかんじかなぁー。まぁ嫌いなのに理由があっても、好きに理由はないんだよ。あー姫凜。可愛い」
「なんか…スゴい人ですね、綺羽…」
綺羽が祈りの様に両手を握り合わせ姫凜の愛らしさに酔い痴れていると、玄関の方でかちん、というキーロックを外す音が聞こえた。
でも、ぼくが来た時点でキーロックは綺羽が外したし、その後、掛け直していた記憶もない。案の定、外で鍵を回したせいでロックが掛かり、何故開かないのかと焦ってドアノブをガチャガチャと鳴らしている音が響く。
「あーもー。姫凜ー、ロック開いてたんだってばー」
綺羽が立ち上がり、駆け足で玄関の方へ向かって行った。ドアノブのガチャガチャはまだ止まない。
それに混じってかちん、という高い音が聞こえた。綺羽が内側からキーロックを外したのだろう。
「ほわっ?!!」
そして次のガチャ、で勢いよくドアが開いた(んだと思う)。
気の抜けた悲鳴にびっくりしたぼくは、玄関に急いだ。
びっくりしたのに、転んだのかと心配したのに。
向かった玄関には、綺羽の豊満な胸に顔をうずめる姫凜の姿があった。
まさか突然開くと思ってなかった姫凜がバランスを崩して倒れ込んできた。危ないと思ってドアと姫凜の間に体を滑り込ませた。普通に抱き留めるつもりだった、というか平均的な身長を持つひとだったらそんなことにはならなかった。姫凜が小さいので倒れた顔と胸の位置がフィットした。
というのが綺羽の弁解だ。
別にどうとも思ってないから焦んなくてもいいのに(『あちゃー』とは思ったけど)。
姫凜はというと、小声で『…気持ちい』と問題発言を残し、何事もなかったように『ただいま』と言った。
そして今、姫凜はいそいそと夕飯作りにいそしみ、食卓に残されたぼくと綺羽にはなんとも微妙な空気が流れている。
「…事故だから」
「うん」
「事故だからさ…」
流れる沈黙。決して快くはない。この沈黙に堪えられなかったのはぼくの方だった。
「そんなにヘコまないでよ、綺羽!」
「だって…」
「ぼく、なら気にしてないし!」
「わたしが気にするよ!嫁入り前に唾付けたのバレちゃう!あ…」
「は?!」
嫁入りって!唾って!恋人、と言っても…おんなのこ同士でしょきみたち!
残念ながらノンケ(というらしい)のぼくにはおんなのこ同士がどう愛し合うかなんて知らない。…知りたくないっ。
「……」
「……」
「?ご飯、出来たぞ」
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