中メトロポリス

DESIGN SOZAI


今日は姫凜の部屋に行く。
晩ご飯をご馳走になるためだ。

一人暮らしのぼくにとって手料理ほど嬉しいものはない。
ぼく以上に生活能力に乏しい姫凜だけど、料理だけは哲人並に上手い。いや、美味い。

そんなわけで大学帰り、6時30分、ちょっと早いけど姫凜のアパートに向かう。


ぴんぽーん。
ぼくのぼろいアパートと違って姫凜の借りているアパート(というよりはマンションに近い。マンション。大邸宅という意味だ)はとても綺麗でしっかりとしたつくりをしている。コンクリ打ちっぱなしの外装は格好良いったらない。
おんなのこを一人暮らしさせるには十分なセキュリティばっちりのアパート。

ロックナンバーは教えて貰ってるからエントランスまでは入れるけど(ほいほい教えちゃ駄目なんじゃ…)、流石に部屋の鍵は渡されてないので呼び鈴を押す。

「あー伊和くん?姫凜ならまだ帰ってきてないよ?」
「えと…綺羽さんは」
「綺羽でいいよ」

姫凜の部屋から出て来たのは家主ではなくその恋人、綺羽。
姫凜は居ないという。

「なんで居るんですか」
「なんでって…わたしん家だし」
「はぁぁああ?!」


悪びれず(いや悪いことないけど)言いのける綺羽に脱帽。
あぁ、ルームシェアね。同居ね。でも2人は恋人同士なわけだし、ニュアンス的には同棲…?


「こんな玄関先で。入りなよ」
「…あっ、あ、うん」
「だいじょーぶ?」
「いやぁはっは」

秘技・困ったトキは笑っとけ戦法。ちなみに自動的に発動される。
とりあえずリビングに入り、座り心地の良いソファに腰を落ち着けた。なんて広いんだこの賃貸は。核家族一世帯は余裕で暮らせるだろ。

「コーヒー?オレンジもあるよ」
「じゃあオレンジ…」
「はい。色々話したいんだけど、姫凜帰ってくる前に食器洗わないと怒られるから…」
「お、おかまいなく」


冷えたオレンジジュースをすすりながら、部屋を見渡す。こないだ片付けに来たときから、だいぶ綺麗になっている。姫凜は料理洗濯その他は得意だけど、掃除や片付けは破滅的だから(良くも悪くも大雑把なのだ。料理の味付けも適当。でもそれが侮れない)、綺羽がやったのかな。


「あっ、しまったー!」
「どうしたの?」
「寝室にカップ置きっぱだ。一緒に洗っちゃいたいんだけど…」

綺羽の手は泡だらけのスポンジを持っている。わざわざ泡を流してびちゃびちゃの手をカップ一個のために寝室へ赴くのははっきり言って面倒くさい。
だからといって、後でカップ一個を洗うのも気が引ける。


「じゃあ取って来るよ」
「ゴメン、お願いできる?」
「寝室って左のドアだっけ」
「うん、そう」


伊和は立ち上がり、律義にイスをテーブルの下にきちんと戻して寝室へ向う。

大学生2人、それも一年生で18になりたての女の子が借りた部屋で、寝室が別ってどういうことだよ。僕なんか1LDKで寝るのも食べるのも料理するのも勉強するのも全部同じ部屋なのに…。
そんなことを考えながら、伊和は寝室のドアを開けた。


東向きで、朝は太陽の光をいっぱい浴びて気持ち良さそうな寝室。
淡いピンクのカーテンや、クリーム色の壁紙やらで落ち着いた感じに整えられている。今時の若い子の部屋、とはあまり思えない。どちらかというと新婚夫婦のお部屋。
それというのも…。

「(わー寝室にベッドがひとつしかない!!)」


なんていうか、ショックだ。かーなーりーショックだ。
これはいかんだろ、これは。
寝室は2つありますとか、まだ綺羽のベッドが届いてないとか、そういうオチはないよね。うん。ダブルだし、このベッド。女の子2人には十分な大きさっていうか…。

カップは、例のベッド横に備え付けられたサイドボードの上にあった。ひとつではなく、ふたつが。
ピンクとブルーの色違いの可愛いマグカップ。




「カップあった?」

「うん…」

先程より疲れた顔をした伊和に、綺羽は首を傾げたのだった。

姫凜が帰ってくるまであと40分。
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