俺の世界はあの日から変わらない。
狩り用の特殊金属で作られた銛を手に、唯一の移動手段である飛行盤・ボードに乗って外界へと飛び出している。
部屋にアラームが鳴り響く。ドア横の壁に取り付けられた赤いランプがこれでもかという程せわしなく点滅している。狩りの時間がやって来た。
自然適応能力の高い他の動物は地上で悠々と生活し、人間という大きな敵が居なくなったためか“毒気”から身を守るためかだんだんとサイズも大きくなった。
そんな危険な外界で、俺らはまだ健康な国民・一般人のため、食料調達に出なくてはならない。狩りの最中に死ぬ仲間も少なくない。
まるで、原始人にでもなったかのような生活だ。昔の人は「歴史は繰り返される」と言ったらしいが、ここまで盛大に繰り返さなくても良かったと思う。
次はランプ下ドア隣に設置されているパネルから、チームゼロ・俺のチームのリーダー、“病姫”紀からの内線が入った。通信に出るまでもない、早く指定位置に集合しろというだけ。
彼女の小言をきくのが面倒だった俺は、チームゼロの権力を使いタダで特注したお気に入りのボード・ツヴァイと銛を手に部屋から出た。
銛の取っ手やボードの裏には、国のエンブレムと狩りをする“子供”だということを表すチームナンバーが刻まれている。
ボードのエンブレムは識別バーコード代わりで、ボードが無いと俺は自分の部屋からも出られない。
高性能な“塔”のドアは、ボードのチームナンバーを読み取り、本部のサーバに問い合わせて、正当な理由があって通ろうとしているかどうかを判別する。それを近付くだけで自動にやってのけるため、多少早足で通り抜けようとしても平気だ。
8つめのドアを抜けたところで、広い空間に出た。20世紀映画の高級そうなホテルでエントランスと呼ばれるような広い空間。が、そこの大きなドアはもちろん自動じゃない。既にこの国には自動ドアなんて前時代的なものは存在していないけれど。
“塔”で一番きついロックがかかり物理的にも何重となったドア。
外界へとバビロンを繋ぐ『神の門』。
痛い警告音を無視し、俺は外界へと飛ぶ。
支給品の円盤型ではなく、20世紀に流行った玩具「スケボー」形状のカッコいいボードに全体重を預け、集合に指定されたポイントへと急ぐ。
合成された人口酸素ではなく、“毒気”を少なからず含んだ自然の大気を切って。
“病”に侵された俺では一般の居住区には近付くことも出来ない。食料調達チームの部屋は“バベル”と呼ばれる“塔”の一階で、外界へ続く扉に最も近く“塔”の中でもそれなりの濃度がある。感染を防ぐため、“子供”を含む一般人は最上階にある医療地区・センターのすぐ下で、上から数えれば二番目だ。
感染した“子供”は“病姫”として名を馳せている紀でも、四階がいいところだ。
俺らはもう自分たちの暮らしていた場所には戻れない。
生きて、18歳を迎えられたその時まで。
だが、家族や知人が快く招き入れてくらるがどうかは、また別の問題だ。俺は、多分もう自分の帰る場所なんて無くしてしまっている。
それに、俺の中には帰る気なんて欠片も存在してないのだ。
早く連れて行って、千愛。