今回の狩りはちょっとだけ遠出して海と呼ばれていたらしい水溜りまで来た。
各自ばらばらになって食料調達の筈なのに、上機嫌の詩詠は何故か俺についてきた。特に珍しいことでもないが。

「どこら辺にする?データでは12分後、ここにクラーケンが通るみたいだけど」
「そんな情報どっから…というかそんな事わかるのか」
「本部のデータベースならね」

データベースには国じゅうから様々な情報が絶え間なく流れ、記録されている。
それこそ俺らの健康状態から、観測所で弾き出された隕石の軌道計算まで。

「本部ったら…ハッキングじゃないのか」
「まぁ俗に言う」
「それよりお前、コンピュータとかいじれたっけ?」
「ふふん。多少の心得がありましてっ」

得意げに詩詠が笑う。人懐っこい、可愛らしい笑顔だ。
食料調達に当てられた“病”のこどもの中でも、コイツは地味に人気があるらしい。俺は幼馴染みだし、おしめの頃から一緒なので血の繋がらない兄妹くらいにしか思ってないけど。それはあっちもだろう。
こんな状況で詩詠と同じチームになれたのは不幸中の幸いだろう。

アイツが居ない今では。

「あっ、今また千愛のこと考えてたでしょー」
「なんでそう思う?」

詩詠はにやっと笑った。

「スゴい欲求不満なカオしてたから」
「…おい」
「じょーだんっ!悲しそうだけど、幸せそうな顔だったから!」
「矛盾してんじゃねぇか、ソレ」

捕まえてちょっと頭を叩いてやろうとしたら、するりとかわされた。勘の良い兄妹には俺の行動も考えてることも何もかもがお見通しらしい。
にしても、俺が幸せそうな顔したって?

「ホラ、あと21秒でこの下をクラーケンが通りまーす」
「俺がやる。詩詠、カウントしろ」
「いえっさー」

20、19、18…カウントダウンが始まる。
クラーケンは名前の通り只のイカだ。軟体動物門頭足鋼のツツイカ目・コウイカ目。他の国ではタコを示す場合もあるらしいが、この国では普通のイカだ。大きさを除けば。
20世紀あたりで普通のイカといえば、胴の長さは大体が30センチ前後。しかし、クラーケンは少なくとも5メートルはある。
その上、国から支給される銛との相性は最悪で、なかなか急所を貫いてくれない。結構な強敵なのだ。

「2、1、ゼロ!」

詩詠の合図で俺は海中に銛を突き立てた。しかし、これっぽっちの手応えもなかった。
よほど深く潜っているのか、相当水が濁っているのか、海上からは足の一本も見えない。

「詩詠…」
「あっれ〜おっかしいな、とうとう本部も“病”に感染か?」
「誤魔化すなっ!ガセ掴ませやがって!」
「ま、次があるさ次っつ?!うわー!!」
「詩詠!?」

一瞬のうちに、詩詠の姿が彼女の円形ボードから消えた。なんとも気の抜ける悲鳴と共に。
ライダーを失ったボードは毒気の波から外れ、水面のぷかぷか浮いている。
俺は状況を確認するため高い波に乗り、上空から海を見下ろす。

白く波打つ水面から、詩詠の手が見えた。
それも、真っ白なクラーケンの触手にのみ込まれる。

「詩詠!」

頭の良いクラーケンはシーカーに気付いていたらしい。先手必勝というところか。
俺は食糧目掛けて銛を構えたまま急降下、本体に手応えのある一撃を与えるものの、詩詠は上がって来ない。水飛沫と共にクラーケンの足が飛び出し、銛を突いてる俺の右腕を掴んで引きずり込まれた。いきなりのことで、大きく息をするのも忘れていた。

海中で銛をいったん持ち直し、頭にインプットされてる資料からクラーケンの急所を思い出す。そして、ちからいっぱい銛を突き刺した。

軽く失神している詩詠を小脇に抱え、急いで浮上する。俺も息が限界だ。“病”のおかげで驚異的な身体能力を得たといっても、肺活量はどうしようもない。

ゆらゆら浮いていたボードを引き寄せ、詩詠をつかまらせる。バタ足で近くの陸まで泳ぎ、少し休んでから常備している電脳通信でみんなを呼び掛けて迎えに来てもらった。詩詠だけなら俺ひとりでも運べるが、それプラス10人分もの食糧となると辛い。調達した食糧だけは、本部からの飛行艇で運ばれて行くのだ。

「詩詠、起きろ。みんな来たぞ」

容赦無く詩詠の頬を叩くが、いっこうに起きる気配はない。体全体を揺さ振るようにして刺激を与えると、やっとナマコ、いや、詩詠が目を覚ました。いつも通りのボケと共に。

「え、アボガドロ?!」
「どんな耳してんだよ」

水面にはクラーケンの墨が散らばり、より一層濁ってた。